電子チラシの裏

無方向の言葉

僕のボルヘと彼のインフェ

 

人には人の乳酸菌がある。

 

毎日ビオフェルミンを常用する者

お腹が痛いときだけ服用する者

デザート感覚で飲む者

 

人それぞれに新ビオフェルミンエスとの向き合い方がある。

 

 

同じように、人には人の思い出がある。

 

自分だけ発言せずに終わるグループワーク

寝た振りでやり過ごした休み時間

便所で涙を吸った白米の味

 

人それぞれに物語がある。

 

これは僕の物語。

彼と僕の間を行き来した、とあるカードの物語だ。

 

 

『僕のボルへと彼のインフェ』

 

「やった……! やったやったやった!」

 

2009年 2月28日 土曜日。

当時 小学4年生の僕は最高に興奮していた。

 

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「ボルフェウスヘヴン……!」

 

その日、ヒーローズパックが発売された。

前々からこれを買おうとしていた僕は、近所の店が開店すると同時に駆け込んで1Box買った。

 

そのお目当ては超聖竜 ボルフェウスヘヴン。

バイオレンスヘヴン第4弾「パーフェクトヘヴン」にて初登場したカードの再録である。

 

ぶっちゃけヒーローズパック版はクソダセェ切札何某と意味わかんねー英語のセリフが描かれているので邪魔だしカッコ悪いが、テキストはオリジナルのボルフェウスヘヴンと同じ。

 

イラストやデザイン面なら圧倒的にオリジナル版が良い。

とはいえ、スーパーレアの数が多い大型エキスパンションであるバイオレンスヘヴンを買ってもボルフェウスヘヴンは当たりそうもない。

 

ならば収録数の少ないヒーローズパックなら出るのでは? という思惑の元購入したところ、見事に引き当てたというわけだ。

 

 

しかし、その代償は大きかった。

 

1パック157円……*1それが12パック……

*2

 

値段にして1884円

大人になってお小遣いが1万円*3になった今となってはそんなの端金も良いところだ。

 

しかし、月のお小遣いが500円だった当時の僕からすれば奮発も奮発。大奮発である。

 

大枚叩いて手に入れたカードだ。

であるならば当然……

 

「見せたい……。みんなに見せびらかしたい……」

 

結局 僕はヒーローズパックのカードに手持ちを加えて火光自然のドラゴン紙束*4を組んだ。

 

全てはボルフェウスヘヴンを見せびらかすため。

散々自慢しまくって、みんなに羨ましがらせるのだ。

 

そして明くる日、いざ決闘*5

 

対戦相手は仲のいい友人であったカズ*6

彼の家は、ぼろアパート。基本的にいるのは彼1人で、大体いつ行っても遊べた。

 

テーブルの上の空き缶や雑誌を床にどかして、僕たちは席についた。

 

「デッキ下6!」

「オ↓レ↑*78!」

「じゃ俺先行な!」

「うん」

 

かくしてデュエルが始まった。

彼は勝つために。僕は見せびらかすために。

 

それぞれの思いを胸に、マナは伸びていく。

 

熾烈な攻防。

目まぐるしく変わる戦況*8

 

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ムルムル2体目召喚^_^」

「!」

(やば……。フレイムバーンじゃ何もできない

 

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僕の場には2体のフレイムバーン・ドラゴン

攻撃してもブロッカーに殺されるだけなのは明白。

 

僕のシールド残り2枚。カズくんは4枚。

……そんな絶望的な状況であのカードは来た。

 

「……ッ! フレイムバーン2体で進化ボルテックス! 超聖竜 ボルフェウスヘヴン!!」

 

2枚のフレイムバーンを束ね、半ば叩きつけるようにボルフェウスを重ねる。

 

「ボルフェウスヘヴン!?!?!?!?!?」

 

そしてカズくんは期待していた通りのリアクションをしてくれた。

 

「え? え? なんでボルフェウスヘヴン?? 当てたのか!?」

「まぁね」

「ええ! でもこれスーパーレアだろ!? 当たんなくね!?」

「え〜と……まぁ なんか 1パックで出た*9

「1パックで!? でもフレイムバーン2枚ともヒーローズカードじゃん」

「えっと……いや 1パックで同じの出た!!!!」

「そ そうなんだ」

 

気迫に押されたのか、カズくんは黙った。

そして数秒後こんなことを言った。

 

「そのカード アンティにしない?」

 

どういう意味それ? という感じだった。

詳しく聞いてみると、カズくんもボルフェウスヘヴンがどうしても欲しかったらしい。

 

だから、もし自分がパーフェクトデュエルを達成したらボルフェウスヘヴンを譲ってくれとの事だった。

 

「う〜ん……まぁ いいよ」

(どうせシールド4枚だし。パーフェクトデュエルってシールド1枚も破られずに勝つって事でしょ。じゃもう無理じゃんw)

 

僕は了承した。

それを愚かすぎたと気づくのに、3時間かかった。

 

 

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腐敗聖者ベガ召喚。効果でシールド増やす」

 

見慣れたカードだった。

ああ1枚シールド増えるのね。

手札1枚捨てさすのね。

 

それ故に、その次に彼が吐いた言葉が鋭く耳に焼き付いた。

 

「シールド5枚になったから これで勝ったらパーフェクトデュエルな」

 

「……????????????????」

 

2ターン後、僕は負けた。

ボルフェウスヘヴンをただ出したいがために適当に組み上げたデッキでは、まるで歯が立たなかった。

 

※あと単純に僕はデュエマがヘタクソだった。

負けた記憶はあっても勝った記憶は全くない。

 

「じゃもらうわ!😁」

「あっ!」

 

ものすごく素早い手つきで僕の盤面のカードをかすめ取った。

 

彼の右手にはボルフェウスヘヴン。

爛々と輝くスーパーレア特有のホイル加工に見惚れている。

 

やめろ……。

それはお前のカードじゃない……。

 

「返してよ!!」

「いや 俺パーフェクトデュエルしたじゃん。約束したよな?」

「したけどさ! パーフェクトデュエルってシールド1枚も破られずに勝つ事じゃないの!?!?!?」

「……それはお前がそう思ってるだけだろ

「違うよ!!!!!! 1枚も破られずにだよ!!!!!」

「お前はそう言ってなかったじゃん」

「それが当たり前だと思ったんだよ!!!!」

「ふ〜ん。でももうこれ俺のだから。確認しない方が悪いでしょ」

「……」

「つーわけでこれはもら……」

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!!!!!!!!!」

「えっ」

「がえ゛じでよ゛!!!!!!!!!!!!!!!!! ぼぐの゛ガー゛ドな゛ん゛だぞ!!!!!!!!!!!!!!! がえ゛じでえ゛え゛え゛え゛!!!!!!!!!!!!」

「やだよ!! もうオレのだし!!」

「ぶわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!」

 

 

僕は泣いた。

いつだって泣けば状況は好転したのだ。

 

いじめを受けていた時も、泣いたら先生がなんとかしてくれた。

両親がなんとかしてくれた。

 

泣くという行為は、文字通り僕にとって最強のカードだったのだ。

 

それでも、その最強のカードを持ってしても、この逆境を覆すことはできなかった。

 

「渡さねえよ。これはオレのだもん」

 

僕がしばらく泣いて、泣き止んだ頃、彼はそう言った。

 

「……」

 

その言葉を受けて項垂れていた僕。

その様子を見かねてか彼は言った。

 

「じゃあさ……交換にしようぜ?」

「……?」

ボルフェウスヘヴンとコレで交換

 

彼が差し出してきたカード。

それは……

 

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……龍炎凰 インフィニティ・フェニックス……」

 

 

 

カードを受け取った僕は、そのままトボトボと家に帰った。

 

 

どうしたの? ケン……*10

 

落ち込む僕の様子を見かねて、母が心配そうに尋ねた。

 

僕は一部始終を語って聞かせた。

 

母なら僕の気持ちを理解し、励ましてくれると思って。

 

しかし、返ってきたのは全く予想外のものだった。

 

「いいじゃない。あげちゃえば」

「良くないよ! 大切なキラカード*11だったんだ!」

「でもあなたはキラカードいっぱい持ってるでしょう?*12 カズくんはそうじゃないんじゃない?」

 

そう言われてハッとした。

カズくんには父親がいない。

 

カズくんが小さい頃に、両親は離婚。

母親と姉とカズくんの3人で暮らしていた。

 

彼らの暮らしは決して豊かとは言えない。

 

彼の家はいつも散らかっていた。

母親は朝早くから働きに出、姉もひたすらバイトに明け暮れていた。

おそらく、片づけたり掃除をしたりする時間もなかったのだろう。*13

 

それ故に、ぼろアパートの一室には、いつもカズくん1人が残されていたのだ。

 

そんな生活を送っている彼が、満足にカードを買えただろうか?

 

答えはNOだ。

その証拠に、彼の使っているデッキはそのほとんどがコモンカードで、光り物はまるでなかった。

 

「もしかしたらカズくんは あなたの気持ちがちょっとでも晴れるように キラカードを交換しようって言ったんじゃないの?」

「あ……」

 

インフィニティ・フェニックス。

僕からすれば、ボルフェウスヘヴンよりも何段も価値の劣るハズレア。

 

絵はカッコよくないし、効果も弱い。

しかもベリーレアだからレア度も低い。

 

だけど、もしかしたらカズくんにとってはそうじゃないのではないか?

 

カズくんが出せる精一杯のレアカードだったのではないか?

 

「カズくん……」

 

カズくんは無茶苦茶なヤツだ。

人のカードを奪っておいて、それも妙な屁理屈をこねて返そうとしない。

 

だけど、彼の置かれている環境では、ボルフェウスヘヴンなんて一生手に入らない。

触ることも叶わない。

 

それが目の前に現れて、つい欲しくなってしまったのなら……僕がすべきなのは、ただ彼を咎めることだけなのだろうか?

 

そして、泣きじゃくる僕にインフィニティ・フェニックスを与えた彼は、本当に残忍なだけの搾取者なのだろうか?

 

テーブルの上にインフィニティ・フェニックスを置いて、ジッと眺める。

カードには、傷ひとつない。

 

大事にしまい込んでいたのだろうか。

とにかく、彼がこのカードをデュエルで使用していないことは明白だった。

 

新品同然のインフィニティ・フェニックス。

その輝きは、ボルフェウスヘヴンのそれと比べて、少し控えめだ。

 

だが、カードに込められている価値は、輝きだけで測れるものではない。

 

僕がこのカードの光を通して見ていたのは、ホイル加工の虹色だけではない。

 

僕は見ていた。

彼の生活の過酷さを。

そして、彼自身の持つ優しさを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもやっぱり納得がいかない。

なんで僕のボルフェウスヘヴンが、こんなクソカス名前負け無価値無駄紙実質コモンと取り替えられなきゃならないんだよ。

 

ふと、学校から配られた30センチ定規がテーブル上に置いてあることに気がついた。

 

僕はそれを握りしめると、頭上に掲げた。

そして

 

「んんん!!!! んんん!!!! んんん!!!! んんん!!!! んんん!!!! んんん!!!! んんん!!!! んんん!!!! んんん!!!! んんん!!! んんん」

 

インフィニティ・フェニックス目掛けて叩きつけた。

何度も。何度も。何度も。

 

 

その後、母親に「何やってんの!?」と介入されるまで、僕の「んんん!!!」という唸り声とバチコーン! という定規の叩きつけられる音がこだました。

 

 

 

母に止められた僕は我に帰り、インフィニティ・フェニックスを見下ろした。

先ほどまでの、傷ひとつない真新しい姿はどこへやら。

 

すりキズ、へこみ、めくれ……ありとあらゆるダメージを背負ったインフィニティ・フェニックス。

 

新品同然の輝きは失われた。

しかし、このカードには新たな輝きが宿った。

 

それは、数々のデュエルをスリーブなしで潜り抜けた歴戦の猛者感である。

 

「コレが本当の……インフィニティ・フェニックスの姿……!」

 

 

次の日、インフィニティ・フェニックスはカズくんに返した。

 

 

 

 

 

 

“彼の”ボルヘと“彼の”インフェ

 

 

*1:当時は消費税が5%であった。

*2:ヒーローズパックは小型エキスパンションであり、1Box=12パックであった。

*3:この男は大人になった今でも母親から毎月お小遣いを貰っている。

*4:紙束と書いてデッキと読む。

*5:決闘と書いてデュエルと読む。

*6:カズと書いてカズ(仮名)と読む。

*7:小学生特有の一人称。僕も一度だけ使用した事があるのだが、母に「田舎くさいからやめなさい」と言われた。

*8:実際は常に僕が不利なワンサイドゲームだった。

*9:1Box買ったと言うのはなんかダサい気がした。

*10:幼き日の僕の名である。

*11:キラキラ光るからキラカード。ノート保持者でも「やめてよね。」の人でもない

*12:この男はそこそこ裕福な家庭の出身なので、弱いくせにカードはいっぱい持っていた

*13:こういう言い方は失礼にあたるかも知れないが、近年の研究では部屋の散らかり具合と生活水準の低さにはある程度の相関がある事がわかっている